【なぜ私は〈私〉であり、〈あなた〉ではないのか】

宿泊されているお客様との間で、こんな話が出た。

お客様はご自身が高齢になってきて、自分を見つめ直した時にこのような問いが出てきたそう。
他者と違う〈自分〉をどのようにしてこの世に遺せばよいかを考え、ある時から絵を描くようになったそうです。
なるほど絵は、他の誰でもない〈今〉の自分が書いたものとして確かに遺せるものですね。

同じような問いを哲学者永井均さんが打ち立てています。

ひとつの答えとして確か、
「他人との対比が持ち込まれれば〈私〉であり、過去や未来との対比が持ち込まれれば〈今〉ということ」
ということを仰っていました。
(「転校生とブラックジャック永井均、著)

つまり、人の存在は関係性の上に成り立っている。(逆に関係性がなければ私は〈私〉として存在しないのだろうか?という疑問が残る)

*

実はこの問いは、3歳の頃から私がずっと疑問に思い、誰に聞いても結局答えがわからなかった問いです。

昨日そんな話になって、久しぶりにその疑問を思い出しました。

大人になるのは、お金を稼いだり、自分の思い一つで旅行にでかけたり、ものを買ったりと、様々なことができるようになることだけど、いろんなものに流されているうちに、純粋な、元ある疑問を忘れたり、そのままにしておきがちです。
これは自分自身の〈魂〉にとって不誠実な態度かもしれないなぁと思いました。

最初の問い
【なぜ私は〈私〉であり、〈あなたではないのか〉】
に一言で答えられる明確な回答は、今なお無いそうです。(いや、永井均先生に直接連絡してみればもしかしたらスッキリわかるのかもしれません)

例えば、もしここに宗教的な〈神〉とか〈魂〉とかって話を持ち込むと、簡単にわかるのかもしれない。けれど、まずは哲学の力で〈解〉に挑戦してみたい気もする。

ひとまず、疑問を疑問のままにせず、魂に誠実に生きることが、自分が自分であることの肯定になり、それをベースに他者との良好な関係が築けたり、過去や未来を推し量ったりすることに繋がるのだろうと思います。

(※写真は全く関係ない萩椿のシュークリームと萩焼

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萩博物館(特別展「高杉晋作の決意」へ)

5/7(日)に初めて萩博物館へ行ってきました。

目当ては、最終日を迎えた企画展「高杉晋作の決意〜明治維新への助走〜」。

ギャラリートークということで、学芸員の一坂太郎さんのお話を聞きながら、たっぷり1時間強かけて展示を拝見しました。

晋作は、

①江戸への旅で米国蒸気船を目撃したこと(16歳)

松下村塾に入塾したこと(19歳)

アヘン戦争で負けたばかりの上海を訪れたこと(24歳)

の3つの経験から攘夷の意思を固め、志士として奇兵隊を組織するなど、破天荒に活動して行ったようです。

そして、彼の行動と反省を活かす形となって、
彼の死後、明治維新が進められた、
という結びでギャラリートークは終わりました。

貴重な資料として残された「遊清五録」や、晋作が桂小五郎にあてて書いた手紙、攘夷の血判状など、など、それらを集めて展示するのには多大な労力と試行錯誤があったように思います。

貴重な展示を見ることができて、少し、幕末に対する理解のヒントを得たように思います。

そういえば一坂さんが血判状の説明について、ひとつ、吉田松陰を諌めるための血判状があったという説明をした時の事。

「松蔭がだんだん暴走して行ったので…」というようなことをぽろっとおっしゃっていました。

吉田松陰は素晴らしい教育者であり、先駆的な人間だった」というような理解のされ方がよくあるように思いますが、遠くから眺めている私としては、松蔭のやっていることはただの過激で危ないテロ行為とテロをけしかける黒幕(?)的じゃないかしら、と思っています。

先ほどの一坂さんのお話で、やっぱりそうなのかな?という考えが強くなりました。

それでも特に政治家界隈で、吉田松陰好きや松蔭信仰は多いような気がしますが。

事実はどうなんでしょうね。

私にはもう少し勉強が必要なようです。

いずれにしても、知的好奇心のくすぐられる貴重な経験でした。

年間パスポートを購入したので(入場料3回分の1540円で1年間観覧し放題!)

また折に触れて足を伸ばそうと思います。

あー楽しかった!

こんなんでいいのだろうか

周囲の活躍や環境と、ニートな自分を無意識に比較して、焦っている。

自分がやろうとしていることのお金にならなさにも焦っている。

年収ベースで考えたら完全なる低所得者層に入るし、1人では生活して行けない。

あまりの心許なさに胸が苦しくなる。

 

でも、自分が掴もうとしているのは金銭には置き換えられない心と体の豊かさなはずであって、人と比べるものでも何もないはずだ。

 

ハッタリでもなんでもいい。

雰囲気をまとっていきたい。

振り返る

‪20歳くらいの頃は体調悪いし、それを客観視したり、冷静になって感情をコントロールする技術を全く持たず(今も持てているとは言い難いが)、病が増幅するのを止められなかった。今生きているのも奇跡かって位、色んな自殺企図をしたし、色んな方に迷惑をかけたと思う。

 

‬‪いざ未遂するとそのあと体調が良かった。‬
‪だから「単に思いつめてただけで私は別に病気じゃ無い。これが本当の自分だ」という考えを繰り返した。後から調べるとどうやらカタルシス効果というもので、その企図が一時的な精神状態の開放をもたらしているだけで気のせいでも治ってもなかった。‬

 

体調いいのと悪いのを行ったり来たりして、途中で自殺企図があってを繰り返してたから、附属病院からはパーソナリティ障害と診断されていたみたい。本当に薬が効かなくて、大量に薬を処方され、幻覚のようなものが見えたり、記憶障害が起きたり、病気なのか薬なのか分からない混沌とした毎日が続いた。

 

 

二進も三進もいかなくて、主治医から「宗教とかどう?」と勧められたこともあったな。
今思うとほんとひどいよね。別に恨んでも憎んでもいないし、まあ私のアップダウンの茶番に付き合ってくれて感謝している人な訳だけれど。

 

社会人になって「ただの、裸の自分」ではなく、「社会の中で役割のある自分」になることが出来たのでこれで体調不良も治るだろう、と思ったらその年の5月頃、ひどい鬱がやってきて、どうにもならなくて自殺未遂をしてしまった。
本当にひどい未遂で、怪我で1ヶ月以上入院することになった。

 

 

ようやくここで、なんかおかしいぞ、となってちゃんと病院通おうと、新しい病院に行ったら、双極性障害と診断されてホッとしたのを覚えている。そこからは波もあるし欠勤も休職もしたけど、徐々に良くなっている、というのがなんとなくの感覚。
苦しいけど生きてて良かった。生きてこう良かった。

 

 

 

 

 

逆上がりができるようになるには

逆上がりのコツを記したブログや著作や動画はたくさんあるけど、

今回ストレッチポールブログに「逆上がり・凄腕体育教師が解説する誰でも簡単に成功する3つのコツ」(http://stretchpole-blog.com/forward-upward-circling-on-the-bar-18608

という記事があったので改めて逆上がりについて考えてみた。

著者は逆上がりのコツは、

①鉄棒とへそを密着させる

②膝を曲げて股関節を鉄棒に引っ掛ける

③回る感覚

の3つであり、懸垂力と地面を蹴る力は「それほど重要ではない」と述べているが、

それはあるパターン(=足の方向が定まらない等)の子の対処法しか示していないように感じた。

短いかもしれないが私が4年間で延べ300〜400人の小学生をみてきた実感としては、

逆上がりのできない子の躓きは、それ以外にも

・基礎体力としての懸垂力が無い

・キックの場所が定まらない

・キックの力が弱い

・体が起きている

など、様々ある。

それらを1つ1つ躓きを潰すにはいくつものステップが必要で、

経験則から改めてなるべく1つにまとめると、下記のようになった。

ステップ1…最低限のパワー(だんご虫、斜め懸垂など)
ステップ2…回る感覚(壁蹴り逆上がり、足抜き回り、タオルやGボールを用いた逆上がり)
ステップ3…キックの技術…①場所②方向③両足揃えるタイミング

(場所→印をつけた場所から蹴り上げる、

方向→補助者が手を上にあげるなどしてそこを目指して蹴り上げさせる

両足揃えるタイミング→これが上記ブログでいう「股関節を鉄棒に引っ掛ける」部分だと思う)
ステップ4…起き上がり(ふとん→起き上がり)

※ステップ3は様々な技術が凝縮されているのでカッコ内の技術練習がたくさん必要になる。

逆上がりはこれらの要素の集合なので、できた瞬間の喜びは指導者としても、子供としてもとても大きなものだと思う。

前の会社を退職して1ヶ月。

まだ場所も道具も揃っていないけれど、早く逆上がりや開脚跳びなんかを子供たちに教えられる環境を整えて、喜んでもらえるような指導をしたいなあ…。

萩焼まつり2017

今日は5/1月〜5金にかけて市民体育館で開催中の第27回萩焼まつりへ。

一口に「萩焼」と言っても、本当にいろんなデザインがあって、

本当に素焼きに近い萩焼を展示している所もあれば、

現代風なデザインを施す所、

貫入の美しさが際立つような色合いの作品が多い所、

手焼きにこだわる所…

それぞれの美意識や大事にしているものが伝わって来て、とても面白かった。

(写真は先日友人からプレゼントされた萩焼の窯元「耕雲窯」の展示の様子。)


駐車場はまだ余裕がありそうだったけど、誘導係の方はバッチリ準備OK。

初日だが、賑わっていた。

萩焼を手に取る来場者の笑顔も印象的だった。

とはいえお店の方々に伺うと、10年くらい前がピークで出展数も今より20店ほど多かったとのこと。

この活気、失われないで欲しいな。

帰りに外でブースを出していた一◯酒造の純米酒を買ったので今晩はお酒が楽しみ!

スポーツ少年団と総合型地域スポーツクラブ

昨日の県体協の方とのお話で、
「総合型地域スポーツクラブではなく、スポーツ少年団を作ろうと考えたことはないのか?」
と尋ねられた。


よく振り返ってみれば、
学生時代、座学で「総合型地域スポーツクラブ」という地域スポーツの振興策を学び、政策科学的な切り口でものをみる研究室にも所属したにもかかわらず、スポーツ少年団がどういうものかについては、知りもせず、考えようともしなかったと思う。


社会人になって以降、自分はいったい学生時代何をしていたのだろう?と思うことが結構出てくる。
当時は当時なりに頑張ろうとしていたけれど、方向性が見えていなかったし、今思えばもったいないことも結構(かなり)あったように思う。
とはいえ、過去を嘆いても仕方ないので、今こそ無知を放置せず、少しずつ学びながらアウトプットしていかなければと思う。




さて、スポーツ少年団と総合型地域スポーツクラブの理念は以下の通り。


スポーツ少年団
・一人でも多くの青少年にスポーツの歓びを提供する
・スポーツを通して青少年のこころとからだを育てる
・スポーツで人々をつなぎ、地域づくりに貢献する
(日体協HPスポーツ少年団って何? - スポーツ少年団 - 日体協)



●総合型地域スポーツクラブ
総合型地域スポーツクラブとは、一般的に「地域の人々に年齢、 興味関心、技術技能レベル等に応じた様々なスポーツ機会を提供する、『多種目』『多世代』『多志向』のスポーツクラブ
(「スポーツ基本計画」平成24年3月文部科学省策定)

↓これを踏まえて

[総合型地域スポーツクラブ育成の基本理念]
本会が推進するこれからの総合型クラブ育成をめぐっては、国民の一人ひとりが主体的にスポーツ文化を豊かに享受する場を各地域に創出・提供し、遍(あまね)く人々が差別なくスポーツの恩恵に浴するとともに、住民の連携・協働によって地域の絆を培い、地域社会の発展に寄与していくという「スポーツを核とした豊かな地域コミュニティの創造」を基本理念として新たに提示することとした。
(「総合型地域スポーツクラブ育成プラン2013」p13より抜粋)
(日体協HP事業紹介 - 事業概要 - 総合型地域スポーツクラブ - 日体協)




総合型クラブのほうがごちゃごちゃといろいろ書いてあるけれど、
突き詰めると核となる理念はほぼ同じ。



体協の方からは、
スポーツ少年団のほうは登録費はかかるが、指導者2名、受講者10名で少年団を名乗ることができる点、始めやすいかも。社会的信用度もある。
・総合型クラブは地域の地区会長や住民、ときには議員が発起人となることが多い。その場合の社会的信用度は高いが、個人が一人で始めようとして信頼度はどうか
スポーツ少年団が総合型地域スポーツクラブの申請をする例も多い
というご意見をいただいた。



昨日今日の感触では任意団体→スポーツ少年団→総合型地域スポーツクラブ、というような流れをイメージしたが、
最適な方法は行動しながら考えていくべきだなと思う。
まずはどんな形でもよいから、体操教室をスタートさせたい。

「しくみ」側に回るのはいつでもできるから(といってもそちらも簡単なはずはないのだけど)、
体力があって体が動くうちに「実践者」として「0」から「1」を生んでみたい。